harima

マナーの悪い喫煙者は、自己中の代表。

ほんの少し、他人のことを思う気持ち、配慮があれば、社会は少しでも良くなると思います。
マナーの悪い喫煙者は、これがまったく無い。いわば、自己中の権化のような存在です。
これは近所の国道の横断歩道で撮った写真です。
80歳くらいのお婆さんが道を掃除しています。おそらく、そこのおうちの方でしょう。
ほとんどがタバコの吸い殻。車の風で集まってきているものもあるでしょう。
この写真に収まりきらないほど周りに散乱しています。
tabacoNO
初めにことわりますが。喫煙者を批判はしていません。
「マナーの悪い」喫煙者を批判しています。
なぜ、どこかの良心のかけらもない人間が平気で捨てたものを、良心が全面に出ている、しかも高齢の女性の方が掃除させられているのでしょうか?
誰が考えても理不尽な状況です。
でも、これが現実です。
別の場所、駅付近でも50代くらいの紳士が犬の散歩がてらタバコの吸い殻をトングで拾い集めていました。きっと、犬が食べたりしてしまうからでしょう。
この行為を行っている人間は、自己の一時的な快楽のために、これだけ多くの人に迷惑をかけていることをまったく恥じていません。
実はこの写真を撮った直後、横断歩道の向いに自転車に乗った50代くらいの男性がタバコに火をつけ始めました。案の定、信号が青になるとタバコを片手に、自転車で走り去っていきました。
その火、こぼれる灰、すれ違う人に当たる可能性があると思いませんか?
子供に当たったら責任とれますか?
あなたが吐いた臭い息、後ろの人、風下の人が吸うことになります。迷惑だと思いませんか?
こういう人間がいない国を造りたいと思います。
harima

「ジチラボ」に参加させていただきました。

一般財団法人明石コミュニティ創造協会さん主催のイベント「ジチラボ~みんなでつくるみらいの自治~ Vol.2 地域を「支援」するとは?」に参加させていただきました。

この日は、3名の現役バリバリで地域コミュニティーをいろんなお立場で支援されていらっしゃる方の活動をご説明いただき、その後は参加者と簡単な議論、そして最後は質問を兼ねて3名方とパネルトークという内容でした。

40名?近い方が兵庫県だけでなく遠方からもいらっしゃり、非常に盛り上がったイベントだったと思います。


参加の動機は、弊社がビジョンとしている播磨の国造りを一歩でも前に進めるため、その具体的な方法論やヒントを先人の方からお知恵を得たかった。

3名方のお話を伺い、コミュニティー(学校区や自治区単位)の活性化を支援する際の共通している点は:

  • そこに住んでいる住民の方の「意志(主体性)」を最も尊重すること(住民が思う自治を実現する)
  • 若い人たちを巻き込むこと
  • 飛ぶ鳥は跡を濁さないこと

このように感じました。(あくまでも、個人的な稚拙な捉え方ですが・・・)

 

ただ、私が想う「国造り」はちょっとイメージが違うように感じました。御3方のように現場で実際に住民の方ときったはったの駆け引きをされている方からすると、「何を妄想を」と思われると思いますが。

 

私のイメージは、「新しい価値観を持った日本人のライフスタイルを実現できる国」。

周知のように、いまは若い人達は定年まで会社に勤め、老後をゆるりと過ごすような人生モデルは望んでおらず、自分のやりたい仕事を見つけ、創り出し、好きな仲間と場所で生活をし始める人が増えています。金銭的・物質的なものよりも、自己実現・心の満足度が優先している価値観。(もちろん、そうでない人もいるし、それを否定するわけではありません)

こういう人たちが播磨という地域にある産業、歴史、土地の利活用(特に中央から北部)、自治体、といった既存のコンポーネントをうまく活用して独自のライフスタイルを創造できるような場所。(ココロの満足度が100%になる)

もちろん、いまの日本の発展を支えてきた世代の方、LGBTや外国人の方など、多様な価値観をもった人たちと共存できないといけない。


 

そう考えた時、既存のコミュニティーの主体性に重きを置いた場合に、「新しいもの」が生まれてくるかどうか。

「意図的に方向性を導いているか?」という質問も出ましたが、そういう意味で私は聞いていました。もちろん、「意図的」な方向が正しいのか?という問題もありますが・・・。

もしかしたら、既存のものに手を入れるより、新しく造った方が良いのかもしれないと最近思ったりしています。

そして、もう1つ私にとって重要な課題は「コミュニティーを支援している人たちは、どうして生活していくのか?」という点。

当たり前ですが、コミュニティーを支援し、地域を活性化する活動をする人たちも家族がいて、食べていかなくてはいけません。今回貴重なお話を頂戴した御3方は、それぞれ企業や団体に所属され、仕事・ミッションとして活動をされていらっしゃいました。私は民間事業者として自分の食い扶持を稼ぎながら、活動をしていく必要があります。坂本龍馬のように、グラバーみたいなスポンサーがいればいいのですが(笑)。


 

今回は、御3方のお話を拝聴することができ、またご挨拶もさせていただき感謝しております。

今後も、皆様のご活躍を拝見しながら、自分なりの方法論を模索していきたいと思います。

harima

3・11 あれから5年。

<もう、あれから5年>
忘れないように。
あの時を振り返ってみる。(当時は、東京在住)

地震発生:
ビルの14F(確か)で仕事中、なんか揺れる。
上司が「これ、でかくないか?!」
の一言でみんながザワザワし始める。
数秒後には、ビル自体が軋む音がし、窓のサッシがガッシャンガッシャン。
窓から外をみると、向かいのビルたちや高速道路がまるで踊るように揺れている。
自分のいるビルもこのままポッキンと折れて崩れていくんだろうな、それって死ぬんかな、と思う。
漫画みたいで、恐怖はない。
しばらく眺めていると、お台場の方で火災というニュース。たしかに黒い煙が上がっている。
そして、千葉方面を見ているときに、いきなり火の玉がドッカーンと上がるのが見えました。
コンビナートが爆発炎上したようです。
まるで、映画です。

安否確認と状況把握:
訓練の時にも聞いたことのある「このビルは崩れません。」という放送を聞きながら、とりあえず妻の安否確認と何が起きているのか、情報収集する。携帯電話は何度かけても通じなかった。
インターネットは変わりなく使えるようなので、メールをしてみたら、返信が来て、無事であること、家の状況、どこにいるのかなどがわかった。
何が起きているのかは、いまだ詳しい情報はない。
ワンセグでテレビが見れたので、見てみると、東京で建物が崩れているニュース。
そうこうしているうちに、自分の部門の点呼や安否確認が進む。
誰か、あまりにもびっくりしたのか、一人で階段を降りた人がいて、安否確認がとれないと騒ぎなっている。(結局、戻ってきて確認がとれた模様)
ふたたびテレビを見ると、洪水のような画が流れている。このときはそれが地震と関係あるのかさえピンとこない。

帰宅、もしくは・・・:
その後は、特に何か指示があったように記憶していないが(あったかも?)、それぞれがどうするか判断をすることになる。
ある人は会社に残り、ある人は近くでテツマンし、ある人は自力で帰宅する。
当然ながら、埼玉や横浜、千葉、中央線などから来ている人は歩いて帰れる距離じゃない。
時間をやり過ごすしかない。
私は大田区でなんとか帰れる距離だったので、徒歩で帰宅することにした。
会社を出てみるが、いつも電車、しかも地下鉄なので、目印になる景色も無く、どっちに変えればいいのか、方角さえわからない。スマホの地図も使えるが、即効電池切れそう。
ん~・・・どうするかな・・と考え、じゃ、いつもの地下鉄の路線上にある駅の入り口を目印に帰ろう、と思い、ひとまず日本橋から東銀座方面へ、新橋を抜けて、三田、泉岳寺、品川で五反田方面へ。
五反田からは中原街道沿いに進めば、なんとか自宅。
自宅方面に向かう道路は同じように歩いて帰る人でごった返している。
まるで歩行者天国のごとく、歩行者が車道にはみ出しての大行進。
ある人は会社から支給されたヘルメットをかぶっている。
ある人は腹が減ったのか、今後を考えてかコンビニにダッシュしている。
ある人はチャリを入手しようと近くの自転車屋で急遽購入しているが、人の混雑でまるで進めない。(残念)
歩いている人たちは、どちらかというと悲壮感は無く、ただ黙々と歩くか、おしゃべりしながら談笑している。
途中で、何十回と携帯で電話を試みるが、まったく通じない。
ここで、「あ、親に電話してない」と気づき、無理かな~と思いながら電話すると一発で通じる。近くはNGで遠くは通じるというのが、どういう原理なのか不明です。
で、その理論で行くなら、遠くの親から遠くの妻に電話してもらえば通じるのではないかと、いまxxxxあたりを歩いているから、帰りはxxx時くらいになりそうだ、と伝えてもらった。
そして歩くこと、おそらく3時間半~4時間くらい。
やっと見覚えのある風景が目に入り、安堵感と「足が棒になる」とはこのことか、というくらいの足のパンパン具合に翌日が怖くなる。
やっと帰宅する。よく考えたら、この間、いっさい飲み食いせず、一度も休憩もせず、歩きっぱなしだった。
火事場のクソ力とは、このことか。
家族も家の中も無事でよかったが、この時点でも何が起こったのか情報が無く、ちょっとした放心状態。

普通の生活まで:
テレビでだんだん状況が伝わってきて、事の重大さに気づきます。
9.11の時もテレビでニュースを見ていましたが、人知を超えることを目の当たりにすると、まったくもって現実味がないんですね。
翌日には海外の仕事仲間から安否確認と激励のメッセージが多く届きました。一般的には海外では地震の被害が日本より大きいので、かなり心配いただきました。
その後、仕事を再開して、電話会議などの途中で余震が発生し、会話が止まるたびに、向こうからは「会議はいいから、早く逃げて」と言われたものです。
そして、もう1つびっくりしたことが、近所のスーパーやコンビニから簡易的な食品や水などが一切消えたことです。2~3日はあるもので大丈夫でしたが、その後は少し遠方のスーパーも行き、長蛇のレジ。(だそうです。妻曰く)
水は実家から送ってもらいました。
このときに、何か起こった時に、自分たちの食を確保できない環境にいることを痛感しました。
流通とサービスに完全に頼った生活なんだなと。自分で生きる力って、無いんやなと。

 

生きていたら、何があるかわからない。

後悔しないように。

いろいろ。

harima

播磨の移動手段

播磨に住んで、いろいろな場所へ行ってみました。
その時に利用した公共交通機関をまとめてみました。
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p_b_simple_84_0M JR 西日本

やはり主要な路線はJR西日本になります。

神戸線:
神戸から明石、姫路を通って、播磨西端の上郡、および播州赤穂まで基幹路線として走っています。
その先は山陽線で岡山方面につながります。

加古川線:
加古川駅から北へ走る路線で、小野市、加東市、西脇市へ続きます。

播但線:
姫路から北へ走る路線で、福崎町、市川町、神河町を抜け、竹田城で有名になった朝来市方面に抜けています。

姫新線:
姫路から西へ走る路線で、太子町、龍野市、佐用町を抜け、岡山県の美作方面に走っています。

sanyo山陽電車(私鉄):

西は山陽網干(姫路市南部)から神戸三宮まで海側を走る路線。
姫路の南部地区や高砂あたりは、この山陽電車が必須。
JRよりも雨風に強く、あまり止まらないのが良いところだが、神戸方面に行くには少し時間がかかる。
kobe神戸電鉄(私鉄):
神戸の新開地から北に走り、鈴蘭台を起点に西は播磨三木を抜け、小野市粟生へ接続する。
東は有馬を抜けて、三田まで走る路線。
三木市や小野市など北播磨から神戸へ出るために利用できる路線。hojo北条鉄道(私鉄):
小野市の粟生から加西市の中心部、北条町までの短い距離を走る歴史ある路線。
加西市民には必須の路線。最近は、一般市民の駅長や駅舎を利用した店舗展開、車両を使ったイベントなどで盛り上がっている。
神姫バス:
あまりにも路線が多いので、地図上には記載できませんが、播磨中を重要無人に走っているのが神姫バス。
電車の無い宍粟市には姫路駅から「山崎町行き」に乗れば1時間ほどで行けます。
それ以外にも、網の目のように路線バスが走っています。<まとめ>
海側に住んでいれば、JRが主要な交通手段となり、それで十分に生活できると思います。
少し北へ上ると、途端にJR路線も本数が少なくなりますし、南部の基幹路線との接続にも無駄な時間を要すので、不便になるのは否めない状況です。バスも電車同様に南部は本数も多いですが、北部や山間部など人口が減る地域はどうしても本数が減ります。
播磨でも神戸寄りで比較的交通手段に恵まれている明石で1年間公共交通期間のみで暮らしてみましたが、生活できないことはありません。しかし、仕事や電車では行けないところがあり、やはり車があるに越したことはない、という感じです。
ほとんどの人が同様の理由で車が中心的な移動手段になっていますので、ますます公共交通機関はサービスの縮小が続いていくのではないかと思います。
一方で、夜間のバスサービス延長なども出てきており、特定の用途に応じたサービスというのが出てくるのかもしれません。