この事業を始めたきっかけは、みなさんもきっと経験のある、ふとした自問自答でした。

サラリーマンとして東京で十数年会社勤務をしました。
 平日は毎日満員電車。

近づきたくもない知らない人と体を寄せ合い、冤罪に巻き込まれないように細心の注意を払う。通勤だけでおよそ30%ほどの体力と気力を失い、残りで仕事を頑張る。
そんな毎日を週の70%(5日間)も費やし、土日祝日はせめてプライベートを楽しみたいと思うものの、どこか頭の片隅から仕事が抜けず、気が付いたら仕事のことを考えてイライラしている。
考えているというか、「あれやってたかな?」とか「来週は月曜早々に至急でやらないといけないことがあるなぁ・・」とか、気になって仕方ないという感じ。(性格のせいもありますが)
そうして一週間が過ぎます。1か月が過ぎます。1年が過ぎます・・・・。
多くの東京をはじめとした都会で働く方々も同じような毎日を過ごしていらっしゃるのではないでしょうか。
そんなある時、ふと”自問自答”。
「このままの生活を続けて、自分の人生ってどう終わるのかな?」 
「いや、自分だけじゃなくて、家族の人生ってどうなるんかな?」
 (たぶん・・・・)

  • このまま東京勤務が続き、ある程度までは出世できるかも?で、定年まで勤め上げる。もしくは地方を選んで転勤を希望したとしても、地域や職種の選択肢は少なく、希望しない仕事をすることになる。もちろん、出世コースからはドロップアウト。
  • この先、何十年も都内の狭苦しいマンションで騒音や近隣住民の迷惑に悩まされながら生活する。それを避けるには郊外に出て通勤地獄(ストレスと痴漢冤罪等のリスク)とのトレードオフをすることになる。
  • 家族(関西出身)は希望しない東京の地で、両親や友人(ほとんどが関西在住)に会える機会もほとんど無く、寂しい、面白くない生活を続ける。
  • 互いの両親(中国地方、関西地区に在住)に会う機会は限られる。正月、GW、夏休み、お盆など機会はあるが、東京からの旅費や往復にかかる時間を考えるとそう簡単にはいけない。
  • 祖父母は年を取り、介護が必要な状態に。でも、たまに顔を出すことすらなかなかできない。
そして・・・・

 

つまるところ、私も家族も両親も祖父母も 誰も幸せにならない ということがわかりました。
東京家族という映画をご覧になったことがあるでしょうか?まさにそこで描かれている、仕事最優先で都会で生活し、意識しない内にもっとも大切なものを蔑ろにしてしまっている日本人。そのままでした。

 

なんで、こんな日本になってしまったのでしょうか?(ちょっと薄っぺらい話)
このような状況を作り出した要因は、戦後の日本経済の急激な発展に要因があるでしょう。
とは言っても、それが悪いという意味ではありません。おかげでこんなに便利で清潔な国に住めるんだから、感謝ものです。でも、時代が変わったということですよね。
戦後の高度経済成長を通じて、日本は世界でも5本の指に入る経済大国であり続けています。
日本人も「総中流階級」と言われるほど、平均的に生活レベル・品質が上がっています。(私が生まれた1970年代にはほとんどできあがっていましたね。)
その過程で、産業効率化の観点から産業都市化が進み、働く人々は各地の都市に移住しました。
この時点で、これまでの村とか町といった一次産業ベースの小さな単位で生活が完結していたコミュニティーは崩れ始めます。核家族化が進み、マンション住まいが主流となり、隣近所とか地域という概念も薄れていきます。(それでも昔は団地などでイベントや交流があったのではと思いますが)
そして、これまで成長を支えていた重化学工業、家電、ITなどの産業の衰退とリーマンショックなどの経済事故により日本経済が基本的に成長が厳しい時代になり、自然と資本(人、モノ、金)は効率性を求める。各地の都市から、東京一極化が進行しています。
あっという間に人口の1割以上が東京という小さな都市に密集し、家族との距離がさらに開いたり、ストレスいっぱいの日々を強要されるようになります。
災難は続くものです。
さらにさらに、災難は続くもので、水面下で進行していた「少子高齢化」という巨大な課題が現実のものとなり、目に見えて人口が減少し始めてますね。
全国約1718の自治体の内616の自治体、35.9%が過疎指定されており、今後も増えていきます。
つまり、当然労働人口も減るので、ますます仕事のある東京に人が集められ、地方の自治体は消滅の危機に瀕します。
自分の育った町は大丈夫かな?気になります。
人が減るのでどうしてもそこでの商売は成り立たなくなり、商店街はシャッター通り化し、税収が減った行政はサービスをカットせざるを得ない。
全国的に介護職の数が不足していることはニュースにもなっていますが、商店や町の機能が衰退するところで生活するのはきっと相当大変なことでしょう。

 

ここまで読んでいただいた方がいらっしゃったら、めっちゃ感謝です。
ということで、まとめます。

 

少子高齢化、東京一極集中(地方衰退)、経済停滞(これは景気云々というよりは、時代にあったビジネスモデルへの変換と思います)というトリプル国難の時代です。この国難を脱するためには、過去の成功が頭にある人たちが同じような手法で経済を中心に策を打っても良い結果は得られないと思っています。
 
物質的・金銭的なものよりも「こころの満足度」を高められる生活空間、ライフスタイルの実現がいまの私たちの望むものであると思っており、現実にその方向に徐々に向かっていると感じます。
それは決して、昔ながらの経済的な発展や都市化を意味するものではないと考えます。(むしろ、その逆にあるものかと。)
 
その実現は、政治家ではできない、もしくは何百年も先になると思います。
だったら、自分たちで作ればいい。
そんなこんなで、地域レベルで新しい日本人のライフスタイル、生き方と社会の仕組みを作り上げることにTRYしてみたいと思い、この事業をはじめました。
その地域として、縁ある播州(兵庫県南西部)をゾーニングし、活動を行いたいと考えています。
当然ながら、前述に記載したものも思い込みもあるでしょうし、実際に事を起こせば、あれやこれや、ロジカルなものから非ロジカルなものまで、山ほど問題にぶち当たると思っています。
すでに、同じようなお考えで活動されていらっしゃる諸先輩方も当然ながら多くいらっしゃると思います。
そのような方々と出会い、ご指導・ご鞭撻いただきながら、夢を実現できれば幸いです。

 

よろしくお願い申し上げます。
播磨国造社 代表 藤井淳