旅の楽しみ方

戦国時代で有名な戦と言えば、長篠の合戦、関ケ原の合戦、大坂の陣などでしょうか。

ここ播磨でも歴史のターニングポイントとなったと言っても過言ではない大戦があったことはあまり知られていません。

中国方面へ侵攻する織田家とそれに対抗する毛利家の狭間で一族の存亡をかけて戦った播磨武士たちが繰り広げた「三木合戦」がどんな経緯でどんな戦いだったのか、播磨一帯に数多くある史跡を訪れながら体験してください。各所に御城印や武将印もあり、コレクションを楽しむことも出来ます。

三木合戦歴史年表

地域主な出来事
1578年2月加古川波乱への足音:加古川評定
天下をほぼ手中にしていた織田信長。
西は丹波方面に明智光秀を派遣し、播磨へは羽柴秀吉が侵攻してきた。
群雄割拠の播磨国内の武家は、家名を残すために選択を迫られる。
三木東播八郡の太守:別所家の決断
加古川評定で織田家と袂を分かった別所家。
播磨国内や周辺の勢力状況を見据えて、織田家との戦準備に取り掛かる。
明石船上城・枝吉城:明石郡内の動き
秀吉の播磨入国により、明石郡内の諸将が動き出す。
明石魚住城の戦い:毛利から三木城への援軍物資重要ルート
籠城戦を続ける三木城への重要な兵站戦。
魚住城主と住民が一体となり活躍する。
1578年4月加古川野口城の戦い:秀吉の支城攻略戦が本格化
野口城主・長井政重、教信寺と共闘するも落城す。
三木三木城大包囲網:平井山本陣
東播磨の支城を落とした織田勢は、三木城に対峙するように平井山に本陣砦を築く。
1578年7月加古川神吉城・志方城の戦い:織田の精鋭部隊による猛攻はじまる
三木城の支城ネットワークの壊滅に向けて、織田の本隊が動き出す。
1578年8月高砂高砂城の戦い:海軍の将・梶原景秀(景行)、海上より三木城を支援す
播磨灘から三木城への兵站戦。
名門・梶原氏の海の戦いがはじまる。
1578年10月伊丹隣国摂津の国盗り物語:荒木村重が信長に背く!
摂津の国を任されていた荒木村重は、秀吉と共に播磨各地で転戦していたが、突如として摂津有岡城(伊丹城)で謀反する。
1579年4月御着播磨三城、御着城落城す
赤松家の重臣、小寺氏の居城である御着城、信忠軍により落とされる
1579年5月淡河淡河城の戦い:知将・淡河定範、羽柴軍を一掃す!
三木城の東側を守る淡河城。
知将とされる淡河定範はどんな戦いを繰り広げるのか。
三木竹中半兵衛重治、平井山の陣中にて没す。
1579年6月篠山反織田勢力の一角・八上城落城
丹波多紀郡の八上城主・波多野秀治は別所長治の妻の実家。
反織田として共闘するも明智光秀の前に屈す。
1580年1月三木三木城、ついに落ちる
およそ2年に渡り、東播磨の諸勢と共に戦ってきた別所家も兵糧尽き、矢折れ、ついに落城を迎える
1580年2月英賀播磨三城、英賀城も落ちる
壮大な城域を持つ英賀城、城主三木家は兵糧支援など別所家を支えるが、別所家の滅亡と運命を共にする

今後、順次ストーリーを公開してまいります。
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