謎が多き剣豪、宮本武蔵

宮本武蔵と言えば、剣豪であり、書や絵画もこなす芸術家、いまでいうマルチタレントで有名です。
その宮本武蔵はどこの生まれなのか?
この問いはいまだに美作(岡山県)や高砂、太子町など複数の説があります。

高砂米田が生誕の地:宮本武蔵・伊織の里

高砂のやや北部にある米田地区。ここが武蔵の生誕地であるという説があります。
加古川にある泊神社に武蔵の養子である伊織が納めた棟札に記載された事項が根拠となりました。

その棟札によると、武蔵の生まれは米田にいた三木城主別所家の家臣であった田原家の次男として誕生したという。
その後、新免家を継ぎ、のちに宮本を名乗ったという。

いまは建物などは残っておらず、石碑のみが建っている。

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武蔵・伊織の像が立つ西光寺、泊神社の分社・米田天神社

西光寺には、宮本武蔵と伊織の銅像が立っています。また、その庭は武蔵の「五輪の書」をテーマにし、仏教用語の「地・水・火・風・空」の五大五輪をイメージした創りとなっています。

米田天神社は、武蔵の養子である伊織が加古川の泊神社再建の折りに、元あった社殿をこちらに移築したものと言われています。

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